10月20日(19時〜22時30分)にソウルで265名のアルムナイが参加して「アイセック・アルムナイ韓国 – AAK」の設立総会が盛大に開催されました。これは、3月に東京で開催された「アイセック60周年記念式典」に参加した26名の韓国アルムナイ・メンバー全員が、日本におけるオバセック活動に刺激されて、韓国にもアイセック・アルムナイの組織を作ろうと3月22日の60周年式典の後に、泊まっていた池袋のホテルの近所にあるレストランで決起集会を開いて誓い合った「東京宣言」から今回の設立に至ったのだそうです。
「東京宣言」にサインをしたメンバーが発起人となって準備活動をし、韓国外務省管轄の社団法人の認可を得るとともに、約3000人いると云われるOB/OGに声を掛け合い、その内約1200名と連絡がとれたとのことです。
AAKの会長である、世界的にも有名な統計学者 Jae-Chang Lee教授(ソウル大LC/63)や副会長のPil-Suh Kim氏(延世大LC/68)は、「日本はお隣の国でもあるので、これまで以上にアルムナイの交流活動を積極的に推進していきたい」と述べておられました。
また、深夜2時半過ぎまで続いた二次会にも150名位のメンバーが参加しており、昔スタディツアーなどで会った日本のメンバーと是非再会したい・・・とか、オバセックのメンバーと一緒に日本で温泉旅行でもしたいな〜と云った要望がありました。これまでに、アイセックで韓国に行かれたことのある方は是非、事務局までご連絡をお願い致します。
写真は、延世大LC出身者との記念写真です。

アイセック・アルムナイであるマルティ・アハティサーリ元フィンランド大統領(1994〜2000年)が今年度のノーベル平和賞を受賞しました。

マルティ・アハティサーリ氏(Hazir Reka/Reuters)
ノルウェーのノーベル賞委員会は10日、今年度のノーベル平和賞を、世界各地で地域紛争の和解に向けた仲介役を果たしてきたマルティ・アハティサーリ元フィンランド大統領(71歳)に授与すると発表。
同賞委員会は授賞理由を「複数の大陸で30年以上にわたり、国際的な紛争問題の解決に重要な努力を注いできた。世界平和と国家間の友愛の実現への貢献は、アルフレッド・ノーベルの精神に合致する」とした。授賞式は12月10日にオスロで開かれる。
アハティサーリ氏は、フィンランドのオウル大(Oulu LC/1959)で積極的にアイセック活動に参加。1998年のアイセック設立50周年記念オスロー国際会議(IC)のオープニング・セレモニーの際にも参加された。卒業後は、パキスタンでのNGO活動の後、フィンランド外務省に入り、73年、36歳の若さでタンザニア大使。77年には、国連ナミビア特別代表として紛争調停に貢献。91年に始まった旧ユーゴスラビアの解体過程では地域の安定に奔走。94年には、フィンランド大統領に就任。00年の大統領退任後も、紛争調停を専門とするNGO「危機管理イニシアチブ(CMI)」を設立し、和平仲介の取り組みを続けている。インドネシア・ナングロアチェ州の独立紛争の仲介では、スマトラ沖大地震・津波(04年末)で同州が深刻な被害を受けたのを転機ととらえ、05年、政府と独立派「自由アチェ運動(GAM)」の包括的和平合意にこぎ着けた。また、セルビアのコソボ自治州(当時)で激化した民族紛争では、欧州連合(EU)を代表して和平に貢献。コソボの最終地位を巡る交渉では07年、国連事務総長特使として国際社会の監視下での「独立」を提案。この流れを受けてコソボは今年2月、独立を宣言…と、国際平和に貢献されている。
アイセック・ジャパン設立10周年記念として企画された「1972年アメリカスタディツアー」を第1回として、その後、「U.S. Internship Program」と名称変更1978年まで毎年夏に米国に累計300名以上を派遣したプロジェクトの有志同窓会が6月2日(月)東京・銀座にて開催されました。
同プロジェクトを協賛して頂いたサンフランシスコ州立大学・日米関係研究所の前所長:デュアー 斉藤 美津子さんの来日を機に11名が参集しました。Duerrご夫妻金婚式の家族写真を拝見しながらの思い出話、同様に当時大変お世話になった同大学教授 故 Laurence Dowd先生の Juliet夫人(サンノゼにてご健在)の近況など大変愉快な同窓会となりました。
今後は、デュアー 美津子さんの来日に合わせて Reunionを重ね、2012年には第
1回派遣の『40周年(アイセック・ジャパン設立50周年)記念同窓会』を合同で開催する準備を開始することを申し合わせました。
今回ご欠席の方をはじめより多くのOB/OGにご参加いただきたいと思います。
幹事:戸名 仁(早稲田LC/1975年卒・1972年参加)
【参加者写真】( )内は参加年次です。《敬称略》前列左から:白川和久(一橋LC・1972)・Mrs.美津子 Duerr・野崎正(1972)、中列左から:戸名仁(早稲田LC・1972)・粕谷卓志(1973)・酒井富雄(早稲田LC・1972)・山田太郎(慶應LC・1972)、後列左から:清水久雄(同志社LC・1976)・有賀達郎(1972)・尾形博史(上智LC・1976/77)・檪木一男(1972)
アイセック・ロシアの創設メンバーで、現在、各々に携帯ソフトやコンテンツの会社を経営しているアルムナイ・メンバー3人が産業視察団の一員として来日した5月29日(木)にオバセック有志で歓迎カクテルパーティを新橋のイタリアン・ワインバー「CON BRIO」で開催したところ、金子会長をはじめ日本人9名、在日海外アルムナイ5名と予想外に多くの方々に参加して頂き、楽しく有意義な時間を過ごしました。また、出席は出来ないが、ぜひ彼らと連絡を取りたいとのご要望もあり、彼等もオバセックのネットワークの素晴らしさに感心しておりました。

アイセック設立60周年記念事業が3月に実施されますが、この度、AT&T社より記念事業への支援金としてアイセック・ジャパンに3,000,000円の贈呈式が催されました。写真は、日本AT&T株式会社代表取締役社長の湊方彦氏より小切手を贈呈された時のMCP 武山慎吾君とMC 及び APXLDS のOCメンバー。


アイセック国際会議(IC)が、トルコ・イスタンブールのYeditepe 大学のキャンパスで、8月21日から30日まで開催されました。

世界100カ国から650名のAIESECerが参加して国際会議が開催され、日本からもMCPの武山慎吾君(TOLC)をはじめ10名が出席していました。

アイセック国際会議の期間中、8月24日から26日には、アルムナイ国際会議も同時開催され、世界各国から約100名のアルムナイが参加。日本からも、萩次郎氏(TOLC/1964)ご夫妻、黒木美芳氏(WALC/1964)ご夫妻、冨田悦男氏(WALC/1967)と事務局の木梨との6名が参加しました。

世界に拡がる50万人とも30万人とも言われるアイセック・アルムナイのネットワーキングや各々の国でのアルムナイ活動のあり方などに関する討議、来年のアイセック60数年記念式典へのアルムナイの参加をどうするかなどが話されました。会議の後は、Alumni Reunion Night でボスポラス海峡でのクルージング・ディナーで、トルコのアルムナイも加わり約120名で親睦を深めました。

最終日の26日は、現役650名とのAIESEC HISTORY セッションで、8人のアルムナイの代表が年代別に壇上に上がって、各世代や地域でのアイセックの歴史を語るイベントが催されました。

最終日のメインイベントは、AIESEC Hall of Fame (殿堂入り)の表彰式です。今年は、ハンガリー、ケニヤ、カナダ、チェコ、ガーナでのアイセックの設立やサステーナビリティに貢献したアルムナイと日本からも萩次郎氏(TOLC/1964)が表彰されました。

アイセックへの貢献度が著しく高いアルムナイに贈られる「アイセック殿堂入り」に東京大学委員会1964年卒、前駐オマーン大使、前オバセック会長の萩次郎氏が選ばれたとの連絡が、この程、アイセック国際本部(AI - AIESEC International)より届きました。

2000年度よりこの表彰が始まりましたが、日本からは、金子正人氏(慶応/63)、安井隆豊氏(一橋/64)に次いで3人目の殿堂入りとなります。
今年は、トルコ・イスタンブールで開催されるアイセック国際会議( IC - International Congress)の期間中である8月26日に、世界中から集まるAIESECer及びAlumni 約700名が参加する式典で表彰式が行われます。日本からは、アイセック・ジャパン専務理事兼事務局長である武山慎吾君(TO/4年生)をはじめとするMCスタッフ10名及びOBAIESECのメンバーも黒木美芳氏(WA/64)をはじめ何人かがこの式典に参加する予定です。
今回、種々の幸運に恵まれてアイセック・ジャパン設立45周年式典の実行委員長を務めさせて頂きました。
「45」周年「式典」−
「何故今やるの?」
「何故50周年じゃないの?」
「中途半端じゃない?」
多くの方に囁かれ、またその問いに対する答えを求められました。
「時代の節目ですし。」
「50周年への足がかりとしてです。」
「5年サイクルで行なってきましたので。」
いずれも曖昧な答え方で、また実感の全く伴わない答えで、お答えしてきました。
正直、僕自身、式典が終わるまで本問いに対する明確な答えを持てないでいました。
しかし、式典が実際に始まり、式典実行委員長として多数の方々と挨拶させて頂くその過程において、自分なりの一つの答えを見出せました。
それは、「時代や肩書きといった種々の垣根を超えて『アイセックに対する思い』を確認・刺激しあう場の創出」であるという事。
今回、本式典に参加した方々は皆、
−アイセックの関係者であり、
−アイセックに対する様々な「思い」を持っており、
−社会において様々な経歴、肩書きを持っている方々です。
非常に多様なバックボーンを持つ方々が、「アイセック」という一共通項で以って繋がれる。そして、その「思い」を様々な切り口で論じ、語りあう中で、自身のアイセックへの思いを確認したり、認識を新たにする。
本式典を通じて、社会において散り散りになっているアイセック関係者の「アイセックへの思い」を結びつけ、また、それを刺激しあう場を創出できたこと。
これが、本式典の一つの価値であったのかなと振り返っている次第であります。
5年後の50周年式典に於いて、自分自身も良き「アイセックジャパンへの刺激剤」となるべく、今後、社会において誠心誠意努力し続けることと共に、残りのアイセックライフを全力で以って取り組むことをここに誓いたいと思います。
今後とも諸先輩方のご指導、ご鞭撻の程を宜しくお願い致します。
アイセック・ジャパンが末永く繁じ続けることを祈って。
上智大学経済学部4年 澤入伸泰





昨日、6月15日(金)18:30より東京大手町にある経団連会館のダイアモンドルームで、盛大に45周年記念式典が開催され、アイセック・ジャパンの理事、顧・諮問、パートナー企業、現役生、それに約160名のOB/OGが参加した。
椿弘次会長(早稲田大学商学部教授)、武山慎吾専務理事兼事務局長(東京大学4年)のご挨拶に引き続き、諮問として長年お世話になっている小林陽太郎富士ゼロックス最高顧問よりお祝辞を頂いた。詳細は後日。


去る4月20日(金)、2月に逝去された瀬川昭夫氏(KO/67)を偲ぶ会が銀座OS画廊(瀬川氏、倉橋宣武氏(HI/66)、大町正郎氏(DO/69)の3人がパートナーとして2001年に設立)でしめやかに執り行われました。当日は、アイセック・ジャパン設立当初の仲間や親交の深かった慶応、早稲田、東大、一橋、上智、同志社など各LCから30名が参加しました。新たにパートナーとして参画された宮村昊氏(HI/66)の司会で1分間の黙祷の後、倉橋氏、金子正人氏(KO/63)、千澤忠彦氏(KO/64)、冨田悦男氏(WA/67)、斉田憲男氏(TO/67)、田中正紀氏(KO/68)が、瀬川氏の早過ぎるご逝去を悔やみ、素晴らしい人柄だった彼とのエピソードや在りし日の楽しい思い出を語って瀬川氏を偲びました。(合掌)
昨夜、花曇りの井の頭公園で中央線ご近所会のお花見会が開催されました。参加者は8人だけでしたが、満開の桜を楽しみ、その後、公園の入り口にある「鳥良」で手羽先の唐揚げや鳥鍋を囲んで会話に花が咲きました。後から参加の大島氏(JO/71)は残念ながら店員の方に撮ってもらった写真がブレていたので映っていませんが、OB/OG5名<三枝(HI/66)、大島、酒井(WA/73)、木川(KO/80)、木梨(KO/69)>と現役3名<柴田(東北大大学院)、佐藤(TO/4年)、澤入(JO/4年)>によるアットホームな集いでした。
ちょうど1ヶ月前、産経新聞の「話の肖像画」というコラムに「ミッション・インポッシブル」というタイトルで田中伸男氏(TO/74)が5回のシリーズで紹介されていました。田中氏が国際エネルギー機関(IEA)の事務局長選挙に立候補されたこと、熾烈な選挙戦を経て当選されたことは既に当ホームページでもご紹介しておりますが、今回の記事は、立候補のきっかけ、選挙戦を振り返っての感想、アイセックでの経験、期待される日本のリーダーシップなど、興味深い内容です。


OBAIESECメンバーとも馴染みの深いインド・アルムナイのアビシェーク氏(2001年9 〜 11月に来日して日本委員会のメンバーと一緒に活動し、その後もたびたび来日してSalon de AIESEC にも参加している)がこの度結婚され、インドのシリグリ(西ベンガル州)という街で結婚式が催されました。2日間に亘って行われた結婚式には、当時のMCスタッフや彼の会社(Cactus Communications)で研修を受けた日本人研修生OBも参加して国際色豊かでインドの伝統に従った様々な行事があり盛大なものでした。
昨年9月に催した「日独研修生特別交換40周年記念式典」にご出席頂いてから、東京のサロンにもご参加いただいている東光英昭氏(TOLC)より、いま活動されているNPO法人のことが福井新聞に大きく取り上げられたとのことで、ご紹介します。新聞の切り抜きは、下記をクリックしてご覧ください。
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先月26日に、中目黒の隠れ家的なお店で「マンハイム会」という会合がありました。
これは、41年前にアイセック主催で実施された「日独特別研修生交換企画」に参加された中のドイツ・マンハイムで研修を受けられた方々約10名を中心にした多士済々のグループです。

参加された方々から、「昨日はすばらしい会で興奮しました。すごい事が始まりそうな予感がします」とか、「相当ハイレベルの“異業種交流”であり、色々と参考になるお話・ためになる教訓も聞かせていただき、各位には深謝申し上げます」といったメールが届いています。
機会を見つけて、サロン・ド・アイセックでもお話をしていただこうと思っています
おめでたいニュースです。本日付新聞各紙によると、アイセック日本委員会の第13代委員長(TOLC/1974卒) の田中伸男氏(OECD科学技術産業局長;元通商産業省)が、国際エネルギー機関(IEA)の次期事務局長に選任され、来年9月に就任することが決定しました。世界のエネルギー安全保障政策を推し進めるという重要な役割でのリーダーシップが期待されています。パリから一時帰国される際には、スケジュールを調整して頂いてサロン・ド・アイセックでお話を伺う機会を作りたいと思っております。(下記のpdf は、朝日新聞の記事です)
9月1日付読売新聞に AIESEC 活動の紹介が掲載されていましたのでご紹介します。
「国際研修 学生が支援」
実習生を海外に送り出し、海外から受け入れる学生団体がある。
東京都文京区役所の会議室。教育委員会の職員や区内の学校の教員を前に、8月11日、スーツ姿の学生たちが説明を始めた。NPO法人「アイセック・ジャパン」の「東京大学委員会」のメンバーだ。
区教委で今月1日から研修を始めるオランダの大学院生(25)とハンガリーの大学生(22)の2人の研修生について、関係者に理解を得るための説明会だった。
2人は3か月間、日本に滞在し、区の教育の長所や課題をまとめる。その間に、学校に出向いて授業を参観し、子供たちと接する時間も設ける。
この受け入れを働きかけたのも「アイセック・ジャパン」の学生だ。研修先は企業がほとんどだが、ここ数年、地方自治体にも働きかけを強めてきた。
2年前に初めて、千葉県鎌ヶ谷市役所での研修が実現。オーストラリアからの研修生が、外国人住民が住みやすい町づくりのために提言、ガイドブックの不備も指摘した。
文京区教委は自治体受け入れ3例目。東大委員会のメンバーは、実習内容について受け入れ側と相談を重ね、アイセックのデータベースを通して、研修生を選考した。
研修中は通訳や翻訳の支援もする。「職員を交えた食事会を開いたり、休日に観光案内をしたりして交流を図りたい」と自治体受け入れ事業を担当する東大2年生の里中達明さん(20)。学生の組織だけに、交渉先との信頼を得るのに苦労してきたという。
アイセックの仲介で、海外のNGO(非政府組織)や企業で研修を受ける学生もいる。
将来、途上国で働きたいという希望を持つ一橋大学4年生、遠藤徹さん(23)は、昨年度休学し、5月から12月まで、インドで生活の苦しい農民層に融資をする団体で働いた。現地の生活に合わせて厳しい生活環境も経験しながら「気持ちや考え方が前向きになった」。自分の適性に自信を持ったという。
早稲田大学大学院2年生の高橋賢志(まさし)さん(24)は、昨年9月までの約半年間、デンマークの製薬会社で働いた。受け入れ先の委員会が、毎月、研修生を集めて、遊びに連れ出してくれた。「研修生仲間と仲良くなれたのが一番大きい。そうでなければ挫折していたかも」
そんな点も、アイセックの利点の一つだ。
また、学生が学生を支援するというアイセックの活動自体、普通のサークル活動では得にくい経験ができる。
東大委員会委員長を務める3年生の佐藤悠一さん(21)は、「受け入れ先の開拓や、研修生の仲介を通して、自分たちも見識を広め、学生のうちに社会に役立つスキルを高めることができる」と意義を語る。
彼らの活動そのものが、もう一つのインターンシップ(就業実習)と言えるのかもしれない。(松沢みどり)
アイセック 1948年設立の学生による国際交流団体。「国際経済商学学生協会」という意味の仏語の頭文字をつないだ。本部はオランダで、世界90以上の国・地域にネットワークを持つ。日本では1962年に設立され、現在はキャンパスごとの24委員会で計約1000人が活動。昨年度は約70人を受け入れ、約150人を海外に送り出した。東大委員会のメンバーは約100人で最大。

今から40年前の1966年夏にAIESECが、技術系の国際学生団体「IAESTE」と医学系学生団体「JIMSA」との共催で、当時の西ドイツと企業研修生の相互交換(双方139名ずつ)を実施したことはこれまでにも何度かホームページでご紹介しておりますが、去る9月9日(土)に、アイセック・ジャパンとオバセック共催により、当時、結団式が行われた東京・青山にあるO・A・Gドイツ文化会館で「日独研修生交換40周年記念パーティ」が盛大に開催されました。
午後2時からの式典では、当時では画期的な学生の交換企画を実現するに当たって大変にお世話になった当時の三木武夫外務大臣をはじめ、経済四団体の諸井貫一氏、石坂泰三氏、花村仁八郎氏や、アイセック・ジャパン会長の木村重義東大教授、常任理事の山本登慶応大教授、板垣與一一橋大教授、中島正信早稲田大教授など、故人となられた方々のご冥福をお祈りした後、現在のアイセック・ジャパン会長である椿弘次早稲田大教授、アイセック側の参加者を代表して川瀬忠夫氏、イアエステ参加者を代表して東光英昭氏、それにドイツ側参加者139名を代表してわざわざこの式典のためにケルンから駆けつけて下さったBernd Weidemann氏からご挨拶がありました。
式典が当初予定の30分を大幅にオーバーしてしまったにも拘わらず、アイセッカーやオバセッカーを含めて90名を越える参加者の皆さんは、川瀬氏、東光氏、Weidemann氏による40年前の懐かしいお話に時間を忘れて耳を傾けていました。中には、マンハイムグループのように何年かに一度同窓会を開かれているグループもありましたが、殆どの方々は40年振りの再会で、中には態々この会に合わせてドイツやオーストラリアから一時帰国された方、それに北海道や関西から日帰りで参加された方々も大勢おられ、式典後のパーティは大いに盛り上がりました。それは、式典の後のパーティ会場で予定していた、三木啓史氏(早稲田大工学部出身で当時のIAESTE側学生代表)による乾杯のご挨拶を頂けなくなった程で、会場は瞬く間に40年前の学生時代にタイムスリップしてしまいました。
パーティの後に記念撮影がありました。その後、川瀬氏が用意された2次会のお知らせがあると、殆どの参加者がそちらにも参加され、夜遅くまで再会の喜びや懐かしいお話で花が咲いておりました。
以下は、当日、お時間の都合でご紹介出来なかった欠席者からのメッセージの一部です:
「あのアイセックが40年間活発に活動されてこられたことに感激しています。残念ですが当日は所要のため欠席させていただきます。皆様のご健勝をお祈り致します。」木部義人氏
「ほんとうに懐かしくご案内を拝見いたしました。現在も活発に活動しておられることを知り大変嬉しく思いました。今回出席出来ないのが、とっても残念です」具志弘健氏
「今、インドで仕事中。9月には戻れないので欠席しますが、次の機会には是非出席させて頂きたいと思っています。」柚木成之氏
「椿先生が会長であられるとは懐かしい限りです。今回は出席できず失礼致しますが、アイセックの発展をお祈り致しております。」藤枝 哲氏
「還暦も過ぎましたが未だに仕事に従事しています。残念ながら当日は所要で出席出来ませんが、皆さまにくれぐれもよろしくお伝えください。出席者名簿が頂ければ嬉しいです。」上野幸彦氏
「懐かしいご案内有難うございました。他用あって欠席しますがご盛会をお祈りします」照井磐男氏
「懐かしい方々との会合のご案内を戴き有難うございました。北海道からの4人で連絡を取り合いましたが残念ながら参加できません。しかし、池田、堀、海老名の3人が8月に札幌で会えることになりました。そのきっかけを作って頂いて感謝しております。母校や北海道のAIESEC活動も今後お手伝いしたいと考えております。記念パーティのご盛会を祈念しております。」海老名 誠氏
「パーティの件、出席の予定をしておりましたが所用のため不可能となりました。申し訳ありませんがよろしくお願い致します。ご盛会を祈念いたします。」増田正敏氏
「突然ですが、明日欠席せざるを得なくなりました。親類に不幸があり明日葬儀に参列するためです。事務局には、私をお探し頂いたり色々とご尽力を頂き、お世話になり申し訳ありませんでした。又、機会があればご連絡願います。」渡辺 茂氏
日独参加者: (敬称略、順不同で失礼します)
AIESEC関係者:37名
飯田紘雄(東大)、池田 茂(東大)、小池善明(東大)、小西敏夫(東大)、佐鳥和郎(東大)、諏訪勝久(東大)、野崎竜興(東大)、房村精一(東大)、田中栄世(一橋)、伊藤彰男(慶応)、伊庭正樹(慶応)、内海基二(慶応)、川瀬忠夫(慶応)、川瀬(佐久間)文代(慶応)、鈴木英夫(慶応)、田中正紀(慶応)、田中通泰(慶応)、篠田(土屋)元弘(慶応)、山口英紀(慶応)、餘野木征夫(慶応)、石渡信行(早稲田)、小林志郎(早稲田)、松下正博(早稲田)、Skipka(北原)俟子(青学)、岡本(井田)三穂(立教)、加納成常(同志社)、小杉康裕(同志社)、斉藤俊信(同志社)、高山(塩路)幸子(同志社)、島林 稔(同志社)、丹羽耕太郎(同志社)、安井昭夫(同志社)、西口(山本)隆三(同志社)、山田裕司(同志社)、田中嘉彦(阪大)、上田時雄(京大)、Bernd Weidemann(ケルン)
IAESTE関係者:8名
三木啓史(早稲田)、田中健彦(慶応)、田崎豪治(東工大)、有田武美(東工大)、高橋 健(東大)、 阿部智彦(東大)、山岡成行(東大)、東光英昭(東大)
OBAIESEC関係者:11名
金子正人(慶応)、千澤忠彦(慶応)、浅葉稔(慶応)、木梨恒寛(慶応)、池田秀雄(慶応)、野口章二(東大)、伊藤伸一(東大)、早瀬正敏(早稲田)、戸名仁(早稲田)、宮村 昊(一橋)、マリア・ドイツ
AIESEC理事関係者:1名
椿 弘次(会長/早稲田大教授)
AIESEC MC/LCスタッフ:15名
桔梗 聡(MCP/一橋4年)、松居達也(MCVP/一橋4年)、中西真央(一橋LCP/3年)、土井孝允(MCVP/東大4年)、佐藤悠一(東大LCP/3年)、遠藤百合子(上智LCP/3年)、澤入伸泰(上智3年)、長谷川あゆみ(上智3年)、秋山大樹(慶応SFCLCP/3年)、岡本典子(慶応2年)、村上新太郎(早稲田LCP/2年)、渡辺智也(中央LCP/3年)、滝川 惇(立教LCP/3年)、上田美和子(明治LCP/2年)、永富 聡(青学LCP/3年)
AIESEC ドイツ委員会メンバー:5名
Benjamin Hoffmann、Beate Nowak、Andrea Franke、Christiane Rüling、Ralf Wurzian
AIESEC OC スタッフ:15名
太田裕一郎(慶応)、安藤昌洋(慶応)、並木悠爾(慶応)、加藤雄大(上智)、我妻 良(上智)、デモヤ ケビン(上智)、太田治子(上智)、樋口嘉一(上智)、岸村智明(上智)、武藤 要(上智)、斎田睦美(上智)、金子 愛(上智)、川西早希(上智)、上野貞智(上智)、山本亮介(上智)
8月30日付日経新聞に、OBAIESECメンバーである中島基善氏(WALC/1970)が経営されている会社の記事が掲載されていましたのでご紹介します。
1970年3月の東京コングレスに参加したMr. & Mrs. Karash が来日され機会に、当時のコングレス委員長であった玉越良介氏(TOLC/1970)とコンピュータ・エクスチェンジ担当であった草刈啓一氏(JOLC/1970)のお二人が36年振りに再会しました。前年のパリ・コングレスではスムーズに出来なかったコンピュータによる研修生の交換が東京では徹夜作業で大変だったが、日本IBM、明治生命、日本電子計算サービス各社の協力もあり、コングレス会場の八王子セミナーハウスとの間の車による移動(今のように携帯電話のない時代)や夜食の用意など、とてもスムーズであったとか...3時間近くもホテルオークラのコーヒーショップで思い出話に花を咲かせました。(当時の懐かしい写真は8月11日の項をご覧ください)
ホテルオークラ別館前にて
小泉純一郎首相が AIESECer であったことをご存知の方は沢山いらっしゃいますが、2人だけで一緒に写真を撮ったことのあるOBAIESECer は数少ないのではないかと思います。8月3日付日経新聞夕刊で、田中伸男氏(TOLC/1974)が小泉首相とがっちり握手をしている写真があることを知り、本人から取り寄せました。


先週のサロン・ド・アイセックにもパリからの出張で参加されていた、田中伸男氏(TOLC/1974)が、国際エネルギー機関(IEA、本部・パリ)の事務局長選に日本政府の代表として立候補されることが閣議で決定されました。詳しくは、朝日新聞の切抜きを添付しましたのでご参照下さい。
経営者として活躍しているOBAIESECメンバーの一人、中島基善氏(WALC1970卒)が、DoCoMo の情報誌 ≪OHSTY Vol.17≫ に『人生のプロペラ、回転良好』というタイトルの対談記事が掲載されています。その中に、アイセック時代の思い出に関する記述がありますので一部ご紹介します。

『大物財界人との運命的出会い』
35年ほど前のある日。場所は経団連本部。大学生だった中島青年は、経団連専務理事・花村仁八郎と対峙していた。緊張した面持ち、朴訥な語りで説明を終えた青年が深々と頭を下げる。黙って聞いていた花村はしばらくして「わかりました」とポツリと言った。
経団連創設にかかわった花村仁八郎は、専務理事、事務総長、副会長を歴任し、日本航空会長も兼任した大物財界人。そんな大物に、20歳そこそこの若き日の中島社長が談判したというのだ。
――どんな話をされたのですか?
「大学生のとき、海外に行ってみたいと思って世界的な学生団体である国際経済商学学生協会に入ったんです。それで4年生のときに日本委員会の委員長にさせられちゃった。学生の団体ですからお金集めから事務仕事から全部自分たちでやらなければならず、寄付金集めに奔走する毎日を送っていた。企業に寄付金を募るわけだけど、それなら経団連に紹介状を書いてもらうのがいいだろうと。花村さんはすぐに引き受けてくれて、おかげであっという間に10万円の寄付を集めることができ大感激。やっぱり大物は違う、スゴイなと感動しました(笑)」
国際経済商学学生協会は戦後復興の一助になればと欧州からスタート。国際的に学生が連携協調し、広く国際交流に努めようという組織だが、運営はボランティア。ただ、夏休みの2ヶ月間、欧米の企業の研修を受けることができ、サラリーも貰える。中島社長自身、3年生のとき、同協会の交換プログラムによって米国留学し、アメリカンエアライン社で企業研修を受けている。
――当時は大学紛争の真っ只中でしょう?全共闘世代なのに、またずいぶんと違った“学生運動”でしたね。
「とにかく、この運動は日本の将来にとって必要なのです、と真摯に訴えるしかなかった。その後も花村さんはなにかと面倒を見てくれた。おかげで私は当時の大企業のトップたちに会うことができ、寄付金を貰うことができた。自信になったし、度胸もついた(笑)。人脈づくりの大切さも教えられたしね。」
『ターニングポイントを生かす』
人生のターニングポイントは青年をさらに磨き上げる。上智大学の財務部長を勤める外国人神父に出会ったことで外資系企業とのパイプも生まれた。日本で開催される協会の国際会議にと説明した結果、富士ゼロックス(株)の複写機を無償で貸し出してもらえた。
「コピー用紙まで提供させちゃったのには自分でも驚いた(笑)」
一方で、外資系企業と日本企業の社会貢献への温度差を痛切に感じた。
「そういうファンドを持っている会社が外資系には多い。トップがOKすれば、それがコンセンサスになる。その点、日本企業はトップがウンと言っても担当部署で待ったがかかったり・・・。国際感覚という点で日本企業は遅れている。日本の外交も周辺国とあつれきが絶えないが、もっと腹を割って話し合わなければダメ。自分の意見を持つ、相手を真剣に説得する、自己責任で行動する、ということが日本人には欠けている」――学生協会の活動を通じて本当の国際人を育てようとしていた35年前と少しも変わっていないことに歯がゆさも覚える。
ナカシマプロペラに入社後は東京支店に勤務。東京で培った政官財の人脈はいまも貴重な財産で、電話一本でことが進められるほどだ。それとは直接関係ないが、地方の有力企業として昨年11月に、皇太子殿下が会社を訪問するという栄誉にも浴した。
NTT DoCoMo の情報誌 ≪OHSTY Vol.17≫より抜粋。
OBAIESECシンガポール会の幹事である堀井清吾氏(KGLC/88)より、「たまたま、シンガポールで定期購読している情報誌にアイセックの名前を見つけましたので...」 と送っていただきました。
AIESEC研修生のブログを「アイセック Update」でご紹介しておりますので、現地からの研修生レポートをご覧下さい。(左にある目次の「アイセック Update」をクリックしてください)
IESEC の有名人にはどんな人がいるのですか?」といった質問を受けるものですから、そのリストを作っておりました。お正月ということで、お許しを頂いて下記にご紹介させていただきます。
<海外の有名人>
*Helmut Kohl, 元ドイツ首相
*Aleksander Kwasniewski, ポーランド大統領
*Janez Drnovsek, 元スロバキア大統領
*Alec Erwin, 南アフリカ貿易産業担当大臣
*Martii Ahtisaari, 元フィンランド大統領
*Borislav Skegro, クロアチア中央銀行総裁
*Cavaco Silva, 元ポルトガル首相
<日本の有名人>
日本人の有名人となると判断が難しいので、インターネット検索で件数の多い方の順に上げてみました。もしかして見落としている方がありましたら申し訳ございません。(検索エンジンは、Google と Yahoo!Japan を参考にしております)
*小泉純一郎(KOLC/1967)総理大臣
*高橋はるみ(HILC/1976)北海道知事
*木俣 佳丈(HILC/1989)参議院議員(民主党)
*国領 二郎(TOLC/1982)慶應義塾大学教授
*佐藤 博樹(HILC/1975)東京大学教授
*尾上卓太郎(KOLC/1993)ニスコム社長
*武隈 慎一(HILC/1973)一橋大学大学院教授
*植山周一郎(HILC/1969)植山事務所代表取締役
*反町 勝夫(TOLC/1965)東京リーガルマインド社長
*小尾 敏夫(KOLC/1971)早稲田大学大学院教授
*長谷 真吾(DOLC/1989)シンカ社長
*坂井 学 (TOLC/1989)衆議院議員(自民党)
*玉越 良介(TOLC/1970)三菱UFJフィナンシャル・グループ会長
*有村 純一(KOLC/1973)日興コーディアルグループ社長
*若林 拓朗(TOLC/1989)先端科学技術エンタープライズ社長
*御木本豊彦(JOLC/1968)ミキモト社長
*猪瀬 具夫(HILC/1973)ニチエレ社長
*前原 金一(TOLC/1966)昭和女子大副理事長
*今井 正 (TOLC/1967)マレーシア大使
"The United Nations has long recognised that the imagination, ideals and energies of young men and women are vital for the continuing development of the societies in which they live. And since its inception in 1948, AIESEC has contributed to this development by serving as an agent of positive change through education and cultural exchange. In an era of globalisation, your programmes have helped young people around the world to develop a broader understanding of cultural, socio-economic and business management issues." ( Kofi Annan, Secretary-General, United Nations )
"[AIESEC] is an effective advocate for young people and their aspirations for the future of their communities. As a student NGO, it has an important voice in the debate on the mission of higher education in the 21st century. It helps form responsible citizens with a worldwide vision. Its members are interested in actively participating, as future leaders in the economic world, in building a better society, helping identify and address issues that affect the well-being of communities and global society." ( Federico Mayor, Director-General, UNESCO )
"In the past few years, we have witnessed an incredible globalisation of the markets and mentalities. This trend has been breaking down boundaries and making international co-operation more important than ever. AIESEC encourages and facilitates this trend by bringing young people together, preventing prejudice and fostering an international mentality." ( Professor Klaus Schwab, President, World Economic Forum )
"AIESEC produces global citizens who will hopefully understand and practice the values of open society in their companies and communities. This organisation of bright, enthusiastic young people from all corners of the globe is dedicated to providing international internships that serve both its student members and participating companies and promote understanding between cultures. The foundations I established and currently fund promote AIESEC's activities in many countries" ( George Soros, Chairman, Open Society Institute )
"There is nothing more critical in today's shrinking world than to provide young people with a global perspective. AIESEC achieves this better than any programme I know. The ultimate winner is our global society." ( John Allen, Chairman, Spring Investment Corporation )
"We believe in AIESEC-trained people because they approach an assignment with intelligence, diligence and an eagerness of undying desire to succeed." ( J. Oliver Crom, President and CEO Dale Carnegie & Associates )
日経新聞、朝日新聞で取り上げられていたのでご存知の方も多いかと思いますが、アイセック主催のキャリアデザイン・セミナー特別講演会で、日産のゴーン社長兼最高経営責任者が「変革へのコミットメント〜グローバルリーダーへのキャリアデザイン」というテーマで講演していただき、400名を超えるアイセッカー及び大学生が、ゴーン社長自らの体験談を交えた貴重なお話を伺いました。
AIESEC Hong Kong 11月10日発行の Bi-Weekly Newsletter に亀田 栄氏(KOLC/1964)が香港で最初の研修生として紹介されています。
On 29/9, it was our honour to meet Mr. Sakae Kameda , our first incoming trainee realized by AIESEC International in 1962. You may wonder why we are able to connect to him all of a sudden. The whole story was stemmed from International
Congress 2005, in India . In the Official Dinner, one of the AIESEC alumni, who was AIESEC International President (AIP) 58/59, Mr. Bernd Thomas approached us and gave us Mr. Kameda's contact. He believed, by contacting Kameda, we could have clearer understanding of the history of AIESEC in HONG KONG .
Fellows, you can see how strongly AIESECers are connecting to each other. During the conversation with Mr. Kameda, not only did we find out the secrets of AIESEC in HONG KONG and how exchange worked 40-year ago, but also his incredible and amazing career story. Just approach us anytime if you would love to know why there was a incoming trainee in 1962, but not 1967.
Personal Particulars: Name: Sakae Kameda Position in AIESEC: Incoming Trainee from AIESEC in Japan , 1962 Local Committee: Keio University , Japan Degree: International Economics Traineeship Taker: Jardine Matheson Traineeship Duration: 2-month Carde Training Programme Trainee Traineeship Job Description: • Working in 8 departments, including Import Department, Export Department , China Trade Department, Insurance Department, Shipping Department, etc. • Half of the day working with department heads, half of the day understanding company's internal
operation process • Field work in Cargo Centre Salary: HK$300/month (averaged Japanese graduate's salary: HK$200)
Career Background:
1964: Graduated in Keio University and joined Itochu, Japan Ltd.
1964 -1971: Itochu, Japan, Ltd.
1971 - 1977: Corporate planning & Administration Department, Itochu New York, USA Ltd.
1977 - 1989: Manager, New Business Development, Asia & Asia Administration, Itochu (Key role: traveling 70 times to the Philippines , Indonesia , India in 3-year to sell plant and equipment of oil refinery and organize international
consortium)
1989: Manager, Merge & Acquisition Department, Itochu, Japan Ltd. (Key role: brought many companies, including Nissin Noodle and Instant Noodle)
1995 - 2002: Managing Director, Itochu, Hong Kong Ltd.
2002 - Now: Senior Advisor, Itochu, Hong Kong Ltd.
1ヶ月前にインドのアグラ(タージ・マハールで有名な所)で、AIESEC International Congress (IC) が、92カ国から520名ものAIESECerが一堂に会して開催されました。日本からも現役AIESECerがMC役員を中心に12名が参加しました。その時に世界のテレビ・ネットワークであるCNBCで紹介された様子やICの様子を紹介したビデオ・写真が下記のサイトで見ることが出来ますのでご紹介します。
http://www.ic2005india.org/
昨日(10月1日)、総資産が世界最大の金融グループ「三菱UFJフィナンシャル・グループ」が誕生しましたが、このグループの会長に就任された玉越良介氏(TOLC/1970)は、1970年にアジアで初のアイセック国際会議(IC)を開催した際のOC委員長をされた方です。また、同時に誕生したUFJニコスの副社長に就任された安藤光隆氏(KOLC/1970)は、当時のNC事務局長でした。
また、先月の衆議院議員選挙神奈川選挙区(11区)で小泉純一郎氏(KOLC/1967)が圧倒的な人気で再選されたのは皆さんご存知のとおりですが、もう一人のOBAIESECer、TOLC/1989の坂井学氏が神奈川選挙区(5区)で初当選されています。坂井氏についての詳細は、http://www.sakaimanabu.com/ でご覧下さい。(小泉氏のAIESEC時代の写真をまだご覧になったことのない方は、当ホームページ・アーカイブス写真館2005年2月27日の項をご覧下さい)
9月3日、インドのアグラで開かれていた国際コングレスで、今年度のアイセック殿堂入りの発表があり、OBAIESECの安井隆豊氏(一橋LC/1964)が受賞されました。アイセック・アルムナイの殿堂入り発表は2000年にスタートしたもので、今回の安井氏の受賞は2002年の金子正人氏(慶応LC/1963)に続いて日本人では二人目の大変に名誉ある表彰です。
これは、アイセックに対する貢献が著しいアルムナイに贈られるもので、安井氏の場合は、アイセック日本委員会の第3代委員長としての現役時代の貢献のみならず、長年にわたって継続されているアイセックへの賛助・サポート、研修生の引き受け、更には諮問委員としての現役に対するアドバイスや支援が高く評価されたものです。中でも1990年代半ばから始まった中国にアイセックを設立するという日本委員会の特別企画では、安井氏自ら何度も現役と一緒に中国に行かれ、AIESEC活動の紹介から研修生引き受け企業の開拓などに直接携わられ、2002年に中国が正式に加盟するにいたった貢献を高く評価されました。
AIESEC Hall of Fameに関しては、AIESEC International Alumni のホームページをご参照ください。
安井氏は9月3日にアグラで開催された表彰式に出席するため、9月2日の午後に名古屋を発たれインドのデリーに3日の午前2時着、そこから真夜中にタクシーで約4時間かけてアグラのホテルにチックイン。朝食を済ませたところですぐにAlumni
Congressがスタート。そこで、1962年に日本にアイセックを紹介してくれたドイツ人のトーマス氏と会われ、創設期の懐かしい話が弾みました。
(早朝6時にホテルにチェックインした時のスナップ)
(アルムナイ世界大会の開会)
(トーマスと設立時の話に弾む安井氏)
午後は他の受賞者と一緒に事前の打ち合わせがあり、夕方より、授賞式に臨まれコングレスに世界各国から集まった520人のAIESECerと150人のアルムナイの前で受賞の挨拶をされました。その後、ディナーとパーティがあり、なんと深夜の12時に朝来た道を4時間掛けてデリーに戻られ、朝7時のフライトに乗って名古屋に帰られるという強行スケジュールでした。安井氏にとっては大変な強行スケジュールでしたが、アイセック及びアルムナイともに日本の存在感を大いにアピールすることが出来ました。
(安井氏、殿堂入りの発表)
(AIESECer 520名、Alumni 150名全員によるスタンディング・オベーション)
(安井氏、受賞のご挨拶)
(AIESEC - Japan 代表との記念スナップ)
尚、安井氏による記念講演会が下記のように中部地区OBAIESEC総会で催されますのでご都合のつく方は是非ご出席ください。
日時:9月17日(土)17時開会
場所:「レストラン花の木」 電話 :(052)783−8707
名古屋大学内 地図
会費: OB 6000円、 現役 3500円
中部地区オバセック 会長 駒田邦男 メール
LC93卒の服部徹氏より環境ビジネスの起業にご興味のある方へのお願いです。
愛知万博を機に環境ビジネスを立ち上げる企画を、市民団体と環境省とでスタートさせました。本企画には多くの元AIESECerが参画しています。環境ビジネスの起業にご興味のあるOBAIESECerの方がいらっしゃいましたら、ぜひ下記サイトをご覧いただき、ご一報ください。
http://dynamites.info/
〜環境アントレプレナーの本気が、環境問題を解決する〜 環境NPO×ビジネスパーソン×環境省×名古屋市 「環境ダイナマイト!2005」実行委員会 服部 徹 ( hattori@dynamites.info )
この度、AIESEC国際本部(AI)より、安井隆豊氏(HILC/1964)が2005年度のAIESEC Alumni Hall of Fame(アイセック・アルムナイ殿堂入り)に選出されたとの連絡が入りました。このHall of Fameは、国際的なアイセックの発展に多大な貢献のあったアルムナイに、その功績を称えてアイセック国際本部から贈られる大変に栄誉ある賞で2000年より発表されるようになったものです。詳細は、http://aiesec.net/alumni/home/hall-of-fame/をご覧下さい。日本からは、2002年に金子正人氏が選ばれており、安井氏は、日本人で二人目の殿堂入りです。今年のHall of Fame表彰式は、9月上旬にインドのアグラで行われるアイセック国際会議の席で行われることになっております。
中央線、丸の内線、井の頭線沿線ご近所会の「お花見会」が、桜が満開の井の頭公園で4月9日(土曜日)に開催されました。当日は、もう吉祥寺駅から花見客の待ち合わせでまるでラッシュ状態。公園への道はラッシュ時以上で思うように動けないほどでした。4時半頃に7人が集まり、池の周りに咲き誇っている桜を見て回りました。
5時半には4人がジョインして、全員で11人が一緒に「鳥良」の手羽料理と飲み放題の2時間を楽しみました。会話が弾んでアッという間に2時間がすぎてしまい、その後、同じ井の頭公園で夜桜を楽しんでいる現役東大LCの場所に乱入しようとしていたので、写真撮影をうっかり忘れてしまいました。申し訳ありません。
参加者は、三枝邦夫(一橋/66)、吉田佑一(一橋/66)、山田哲司(慶応/69)、木梨恒寛(慶応/69)大島弘義(上智/70)、中島基善(早大/71)、尾関史朗(東大/71)、酒井富雄(早大/73)浦和のぞみ(東大/94)、柴田洋平(慶応3年)、牛尾さん(慶応2年)
こちらは、東大LCのお花見に乱入したところです。
OBAIESECメンバーの森隆行氏(大阪市立大LC/1975)より、「豪華客船を愉しむ」というご著書出版のご案内が下記のように届きました。
さて、このたび私の著書「豪華客船を愉しむ」がPHP研究所より出版されることになりました。PHP新書として先週あたりから書店にも並び始めました。私にとって、一般書の大手出版社からの記念すべきものです。
今日においては、客船は豪華ではあるが誰でもが気軽に愉しめるものです。ゆったりとした贅沢な気分を味わうことこそ船旅の醍醐味です。船旅は自然を味わうたびでもあります。そして最高のスローライフです。まず豪華客船の愉しさを知ってもらうことを優先させました。だから本書には、初めての船旅をいかに愉しむか、というノウハウがいっぱい詰まっています。さらに、すでに船旅を経験されている人の為にはなるほどと思える知識と情報を盛り込みました。
そういう豪華客船による船旅の楽しさをぜひ多くの人に、愉しんでいただきたいと思って本書を書きました。多くの人が豪華客船の愉しさを知って、一人でも多くの豪華客船ファンが増えることを願うものです。また、カラー写真もふんだんに使っており、見るだけでも愉しんでいただけるものに仕上がっていいます。
最寄の書店でお買い求めの上、お時間のあるときにでもご一読くださいますようお願い致します。また、周りの友人、知人にも是非お薦めいただけますようよろしくお願いします。
森 隆行
経済広報センターが発行している月刊「経済広報」1月号にAIESEC研修生の体験談が掲載されていましたのでご紹介します。
不思議・驚き・日本企業
--外国人大学生の体験談--
日本の大学生が海外の企業で研修したり、海外の大学生が日本の企業で研修する。---そのような活動を手助けする大学生の組織がある。AIESEC(アイセック)という。今回は、日本企業で働く外国人大学生に、日本企業における研修について大いに語ってもらった。
出席者(敬称略)
馬 暁慧(中国)
ウーサル・ドーシュ(トルコ)
ファトライ・エスター(ハンガリー)
司会:佐桑徹経済広報センター国内広報部次長
「来日前のイメージとの違い」
■なぜ日本の企業で研修を受けようと思ったのですか。
馬:私が日本に関心を持ったのは、日本のアニメに興味を抱いたからです。そして日本語を勉強しているうちに、アイセックの国際研修プログラムを知り、今回参加しました。
ドーシュ:私は大学で、コンピュータ・エンジニアリングを専攻しています。そのため、大学での専攻を活かせると考え、日本の企業で研修をしています。
ファトライ:私が日本に来ようと思ったのは、とても遠い国である日本というところに行ってみたかったからです。それと日本の文化に関心があったからです。他の国でもインターンシップに参加したのですが、どうしても日本に行きたくて、今回やっと日本の企業で研修を受けることができました。
■実際に日本の企業で研修を受け、来日する前のイメージと違っていたところはありましたか。
馬:日本の企業はとても厳しいというイメージを持っていたので、その点が心配でした。しかし2カ月間働き、イメージが変わりました。同僚はとても優しく接してくれます。また、上司と部下との関係もそんなに厳しくないように感じられます、休日になると上司は私をあちこちに連れて行ってくれて、とても楽しかったです。
ドーシュ:当初は、日本のビジネスパーソンの大半が英語を話せると思っていました。しかし、今働いている会社では、英語を話せる社員はそう多くはありません。ほかには、社員同士が親密だとか、海外志向を持っているというイメージがあったのですが、実際にはそうでもないと感じました。
一方で、最初に抱いていたイメージが変わらなかった部分もあります。仕事で妥協しない姿勢や態度は、想像していたとおりでした。
ファトライ:私も日本に来る前に心配していたことがあります。朝から晩まで寸暇を惜しんで働かなければならないとか、残業がたくさんあるといったイメージを持っていて、自分はやっていけるのかという不安を抱いていました。しかし実際には、社内には私と同様インターンシップに参加したり、海外に留学したことのある社員が多いこともあり、体調や研修プログラムなどにも、とてもよく気を遣ってくれました。
「日本人は、やはり働き過ぎ」
■日本のビジネスパーソンは働き過ぎとよくいわれますが、自分の国のビジネスパーソンと比べてどうですか。
ファトライ:ハンガリーと比べると、やはり働き過ぎではないかと感じています。電車に乗っていて、日本のビジネスパーソンの様子を見ていると、かなり疲れているように思えます。また、私の働いている会社では、オフィスで夜を明かすような人もいます。何でそんなに家庭の幸福や自分の健康よりも仕事を優先するのか、私には理解できない部分もあります。
ドーシュ:地中海の国の人は、必要最小限しか働きません。それに比べて、日本人はとても熱心です。こうした熱心さは、3つのタイプに分かれるのではないかと思います。
1つ目は、とても仕事熱心で、自分や家庭を犠牲にしても仕事を優先するというタイプです。仕事帰りに居酒屋に行っても、仕事の話ばかりで盛り上がっています。2つ目は、常に自分自身で何らかの目標を設定して、達成を目指すために努力し、その結果限界を超えて働くというタイプです。3つ目は、周りのみんなが働いているから自分も働くというタイプです。個人が突出することを嫌い、みんなと歩調を合わせようとして仕事に頑張っている人がこのタイプです。
馬:私の職場はそんなに残業はないのですが、全般的に日本の企業は海外に比べて残業が多いという話を上司から聞きます。日本は戦争に負けた後、みんなで一一生懸命協力して頑張って、今の会社をつくり上げました。この「頑張る」という言葉は日本人の性格を象徴する単語だと思います。
「職場におけるオンとオフ」
■日本の企業で働いてみて、不思議に思ったこと、面白かったこと、あるいは理解できなかったことはありますか。
馬:日本に来たのは初めてですが、中国にいても、テレビやインターネットで日本の企業の情報を入手することができます。また、中国のドラマにも、日本の企業のシーンが出てくるので、だいたい日本の企業はこういうものなのかと感じていました。
ファトライ:職場で毎週ミーティングを行うのですが、席上ではみんな面白い冗談を言ったりするのに、自席に戻ったら、みんなすごく真剣になり、冗談を言い合うような雰囲気は全くありません。ハンガリーでは、面白いことを言う人はいつも面白いことを言うし、まじめな人は常にまじめです。そういう点では不思議に思いました。
ドーシュ:上司が軽い冗談を言ったりすると、その場にいる社員は皆笑って楽しみます。しかし、上司がしゃべるのをやめてパソコンに向かい始めると、みんなも静かになってパソコンに向かっています。
また、日本人は休暇を取ることに対し、嫌悪感や罪悪感を抱いていることに驚きまし
た。休暇でどこかに行っても、必ず社員のためにお土産を買ってきて職場で配るのがその象徴ではないかと思います。
もう1点驚いたことは、西洋の人は、基本的に社員同士がお互いの家に行ったり、あるいはお互いに子どもを知っているなど、家族ぐるみの付き合いをしているのに、日本では、会社で隣に座っている人がどこの出身なのか、結婚しているのかなど、結構知らないことがあったりします。
■日本の企業で働いてみて、参考になったことや勉強になったことはありますか。
ドーシュ:大きく分けて2つあります。ひとつは仕事の進め方です。計画の立て方、効果的なミーティングの方法、円滑なコミュニケーション、ビジネス用語など、いずれもとても多くのことを学ぶことができました。
もうひとつは、仕事に対する責任感や、仕事とプライベートの使い分け、新たな環境や仕事にどのように溶け込むかなど、心構えの点で勉強になりました。
ファトライ:私の職場は少人数ですが、少人数なりに、いかに効率的に仕事をするかを学ぶことができました。また、社員と他企業を訪問し、日本における交渉のあり方についても勉強しました。
そして、今回のアイセックの研修を通じて、人は見知らぬ土地で働くことによって、自信を持つことができたり、多様な価値観を知ったり影響を受けたりすることができると分かりました。
馬:私は3つのことが身につきました。1つ目は、日本語能力です。最初のうちは上司の説明もあまり理解できなかったのですが、インターネットや資料で調べものを繰り返すことで読解力がついたり、同僚とのミーティングで聞く力や話す力が進歩したり、レポートを作成することで書く能力が向上しました。
2つ目は、環境問題についてです。日本に来る前から、日本人は環境問題に関心が高く、とても重視するとは聞いていたのですが、実際に日本に来て驚きました。会社でまず最初に『環境六法』という本を見せてもらい、環境に関する法律が体系立てられている点に感心しました。また、普段手にする商品には、たいてい環境に配慮した商品であることが明記されています。
3つ目は、日本人のものの考え方です。礼儀や譲り合いの精神は、中国人も見習いたいと思います。
「ショックだった満員電車」
■では最後に、日本での生活の思い出を教えてください。
ファトライ:いろいろありますが、日本の公共交通機関には驚かされました。通勤電車がとても混んでいるのにも驚きましたし、混んでいる電車に、さらに人を押し込めようとする光景にもショックを受けました。
ドーシュ:私の場合、「日本」というよりは「東京」の思い出になってしまうのですが、物価が高い、騒音がひどい、空気が良くないなどといったイメージがあります。
その一方で、カラオケ、野球、テーマパークなど、ユニークなものがとても多いという印象があります。また、温泉やレストラン、花火やダンスフェスティバルなど、すごくわくわくできる場所やイベントがあり、とても楽しく過ごしています。
馬:もともと日本のアニメに興味があったため、日本ではアニメや漫画を満喫しています。ほかにも、日本の風景や料理など、独自の文化に強く惹かれています。ただ、物価が高いのが残念ですね。
X X X X X X X X X
アイセックは、世界89の国・地域に活動拠点を持ち、海外インターンシップを運営することを通して、次世代の国際社会を担うグローバルリーダーを育成する国際学生NPOです。日本においては、24大学委員会、約1000名の大学生により運営され、外国人学生の受け入れ(年間50名)と、日本人学生の海外インターンシップ(年間100名程度)を行っています。外国人学生の受け入れについては、世界20力国以上の外国人学生が、様々な業種でのインターンに参加しています。受け入れ企業は外国人学生インターンシップを、社内の国際化、海外との人的ネットワークの構築などに役立てています。関心をお持ちの企業は、アイセックジャパン(電話:03-3288-1241、HPアドレス: http://www.aiesec.jp) までお問い合わせください。
エンジニアリング会社の日揮で研修を受けているスルタンカブース大学(唯一の国立総合大学)の学生2名が、オバセック事務局とアイセック日本委員会のコーディネーションの元、慶応SFC委員会が主催した研修生レセプションイベントに参加しました。
先週の土曜日(7月31日)、SFCのキャンパスで開かれたアイセック研修生(フランス人)のレセプションイベントにオマーン国からの学生2人に参加してもらいました。日本の文化が垣間見れるような映像を見てもらったり、ことわざカルタや折り紙などをSFCのアイセック・メンバーと楽しんでもらいました。参加した2人の研修生は勿論のこと、来日中の在オマーン日本大使館・広報文化担当官の方も引受企業である日揮の担当者からも大変に有意義であったと喜んで頂きました。
オマーンと日本の政府間研修生交流で来日し、日本企業で研修を受けている学生ですが、同世代との交流が無いということを過日萩大使が一時帰国されていた時に伺っていました。彼らはアイセッカーではないのですが、アイセックが来日した研修生のために企画している様々なレセプション企画に参加してもらい、日本の理解に役立ててもらったり、同世代との交流を深められることは、アイセックにとっても意義深いことと考え実現したものです。現役のアイセッカーからも、こういった機会を一過性のものに留めずに、もっと発展させ継続的に続けていきたいと早速報告が届いています。
尚、当日のビデオが下記Webサイトに掲載されていますので、映像閲覧ソフトをお持ちの方はご覧下さい。
ICX: http://www.sfc.keio.ac.jp/~s03336dk/icx.wma
OGX: http://www.sfc.keio.ac.jp/~s03336dk/ogx.wmv
慶応1966年卒の増井雄二氏より、日経新聞10月11日の「交遊抄」に同期の福田督氏が掲載されていると、コピーを送って来られましたので下記にご紹介します。
